2019年01月06日

石碑の由来が・・・・


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年末の4日間、年始の6日間。
合計10日間の休暇も今日で終わってしまいますか・・・・

大晦日の「年越し蕎麦」は、本当に年を跨いでいただきましたよ。
先日もお話をしたけれど、「お雑煮」「myオセチ」を苦しくなるほど食して。
(祝膳をするのは元旦と2日。
そうそう、紅音もちゃんと「お蕎麦」に「お雑煮」での祝膳を一緒に)
新しい年を大歓迎で迎えたのです。


気持ちの良い青空の下でお寺の鐘を音を聴きたくなって、運動がてら散策に。
昨年もお散歩も兼ねてと紅音を連れて行ったのですが、
彼女、情緒を理解できないの! 怯えてしまうのですもの。
で、今年は独りで鐘を撞きにお寺へと。

       
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高台に建つ「龍雲寺」の鐘楼からは、
向かい側に連なる山々や、下に拡がる街並が綺麗に見えています。

思いっ切り撞いた鐘
ぐぉーん〜 と響く音は、たまらなく心に沁み入るようで・・・・
鐘の真下に立ち、その余韻を身体中に受け止めることができました。

境内もこじんまりと整えられた美しい庭。

時おり、訪れては鐘を撞いたり
東屋からの眺めを見ながら、穏やかな時間を過ごすお寺なのです。



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ずんずんと歩いて、この場所に。
「伏見奉行所跡」 今は石碑と案内板だけが残されているだけで
まわりは公団の住宅棟が並んでいます。

石碑と云えば、こ奉行所跡から少し歩いたところにある石碑。
紅音との散歩で通るたびに以前から気になってはいたのです。
なんの石碑なのかなぁー・・・・と。

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その付近に残る石垣も、団地の石垣とは全く違っているのは気が付いていても
この場所が何かは・・・・

ある「文庫本」を読んでいて、長年の疑問がわかったのですよ!!
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大変な美女であった雑仕女であった常盤。 源義朝に見初められ妾となり
今若、乙若、牛若の3人の子をもうけた後、平治の乱で敗れた義朝は都から敗走し
常盤は3人の子を連れ伏見の叔母の元へと逃げたのですね。
ただ、清盛の制裁を恐れた叔母は会ってもくれず・・・・
常盤は雪の山道を吉野へと逃げたとか。

その吉野から戻った常盤御前が捉えられたのが、この石碑の場所。

その後の常盤御前は清盛の愛人となり、3人の息子の命は助かった。
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やっとスッキリ!としました。
そういう歴史にちなんだ地なのですよね、京都って。

あの石垣も、伏見桃山時代の城の名残だそうです。


最近ね、石碑などを見つけると
立ち止まってしまうのです。


おっと! 明日から・・・・お仕事です!!









posted by 黄色の薔薇子 at 16:55| Comment(0) | ショップ雑多記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする